寶珠院満足山 成就寺
じょうじゅじ

成就寺由緒沿革 1、創始年月日…応永33年(1426)2月8日 2、創始場所……千葉県木更津市富士見1丁目9番17号 3、創始者………鶴林院智藏日運上人 4、変遷…………寶珠院 満足山 成就寺  当山は院号を寶珠院(ほうじゅいん)、山号を満足山(まんぞくざん)、寺号を成就寺(じょうじゅじ)と申します。  日蓮聖人を宗祖と仰ぎ、玄妙阿闍梨日什上人を開山と尊び、今(平成29年)から591年前、室町時代(足利幕府)の応永33年(1426)2月8日、日蓮宗妙満寺派什師門流の流れをくむ。  開基上人は、幕府へ諌暁に尽力された京都妙満寺第4世鶴林院智藏日運上人(同年6月7日遷化)(かくりんいん ちぞう にちうん)が開基となり第2世の日善上人を伴い、この地に建立。  開基檀越は、神野次郎四郎友久こと、妙卯霊位。  爾来歴世現燈で50世を数える。  京都妙満寺孫末寺として位置する。古来より成就寺末八ヶ寺として 木更津市中島 法収山本永寺(顕本法華宗) 木更津市瓜倉 本門山感應寺(日蓮宗) 富津市富津  松榮山長秀寺(顕本法華宗) 富津市下飯野 南榮山法性寺(顕本法華宗) 富津市相野谷 西谷山妙常寺(日蓮宗) 富津市花香谷 妙谷山妙勝寺(日蓮宗) 富津市花香谷 壽福山安樂寺(日蓮宗) 君津市福岡  寳光山法藏寺(顕本法華宗) が列する。 昭和50年代第49世日柱の弟子が成就寺末として 木更津市矢那 大平山真福寺(顕本法華宗→単立宗教法人) を創立している。  開基鶴林院日運上人は、日限本覚寺の僧侶であったが、日什上人の日蓮聖人への帰依のみ心と布教の姿に感銘をうけ、一致派より日什上人78才の時に改宗し弟子となる。会津六老僧の日仁上人らと天奏をとげ、京都、出雲、鎌倉、品川、会津の各地で布教教化し寺院を建立。  そして日運上人は、応永20年代 京都本山妙満寺第4世となり護持されるも、応永32年の春 日範を鎌倉へ遣わし、同年夏 實乘坊日舜に後事を託し、木更津成就寺を開創。 日運上人は弁論巧みにて、説法一日も怠らずと伝えられる。他に『門徒古事記』を著す。  昔の地名は、大字木更津川田。境内地653坪。京都妙満寺派の中本寺の寺格。  このお寺は、3千年前インドに生まれたお釈迦様が説かれた『妙法蓮華経』という教えを根本として、すべての人々の幸福と、社会全体、全世界の平和を目指された房州の安房小湊で生まれた日蓮聖人の示された心をよりどころとしています。  すべての闇を照らし出す太陽や月の光のように。また、泥の中に生じていても、その泥の色に染まらず、清らかで、美しく、気高い花を咲かせる蓮の花のように生きることを伝えています。  山号寺号のごとく、世の人々が佛身を成就することで真の満足が得られることを伝え、常に宝珠たるお題目・南無妙法蓮華経の信行に励み、法華経の心を拠り所として、佛土を顕現することを目指しています。 年中行事 1、新年祝祷会(1月1日) 2、ほほえみ大黒天まつり、新春初祈祷会(1月10日) 3、針供養会(2月8日) 4、春季彼岸会(3月) 5、釈尊降誕会(4月8日) 6、立教開宗会(4月28日) 7、戦没者慰霊法要(6月第1日曜日) 8、開基会(6月7日)・一部経読誦会(6月中) 9、盆供(新盆供養)(8月1日) 10、盂蘭盆施餓鬼会(8月18日) 11、秋季彼岸会(9月) 12、日蓮聖人報恩御会式法要(10月20日) 13、除夜の鐘(12月31日) その他 [[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[[ ◎人生相談 ◎日々のお祈り、各種ご祈願(身体健全、家内安全、当病平癒、地鎮祭、井戸埋め、家祈祷、土地のお浄め等々)お受けいたします。 木更津市内 関東近県 新しくお家を建てられる方、地鎮式(地祭り)を日蓮宗大荒行 修法加持により、一心に祈念させていただきます。 ◎各種ご供養、施餓鬼供養、卒塔婆供養、通夜・葬儀、法事、墓の引っ越し、墓じまい、仏事等のご相談 いつでもどうぞ。 お通夜・ご葬儀を本堂でお受けできます。 お墓への出張法要もお受けできます。 大切な故人様への供養感謝のお手紙となる「卒当婆(そとうば)」供養もお受けいたします。 ◎成就寺境内一般墓地。夫婦墓。永代供養墓ございます。 ◎成就寺矢那墓地(木更津市営霊園近く)。各広さをご紹介出来ます。 ◎もしもの時に、良心的な葬儀屋様をご紹介できます。石材店ご紹介できます。 ]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]]] つばめの恩返し 続♪きさらづの民話 きさらづ民話の会編より  むかしのこと、木更津の成就寺にはツバメがたくさん巣をかけていたので、本堂も廊下も玄関も糞だらけでした。  ツバメが毎年 春になると やって来るのはいいけれど、お寺をよごすのはお坊さんも大よわりでした。  そのうちに どの巣にも5、6羽づつの雛がかえって、その賑やかなことと言ったらありません。少し育つと巣のふちに止まり、外へお尻を向けて糞をするんですが、かえったばかりのツバメの子は巣の中に糞をしてしまいます。  すると親ツバメが、餌を持って来たついでに 口ばしで一つづつ くわえて巣の外に捨てるので、たちまち 巣の下は糞だらけになってしまうんです。  お坊さんは、その糞を掃除しながら、巣のツバメをうらめしそう に見あげて、   「お前たちよ、少しは考えておくれ。ここで子どもを育てて南の国へもどるのだから、来年はご本尊様(佛さま)に 何か土産を持って来て、お許しを頂きなさい」と 言ったそうです。  ツバメたちは、聞いているのか、いないのか つんとすまして、ただ   「ピーチージュクジュク、     ピーチージュクジュク」  と、さえずっておりました。   暑い夏も過ぎ、秋になると 子ツバメを引きつれて、親ツバメたちは 南の国へ飛び去っていきました。  あくる年の春、また本堂には たくさんのツバメが巣をかけました。どの巣には、どのツバメと、自分の育った巣に住みつくと言わ れていますが、それはどうだか わかりません。  お坊さんは、また毎日せっせと ツバメの糞掃除をしておりました。すると、すうっと飛んで来た一羽のツバメが肩に止まりました。  びっくりして、そのツバメを見ると、何か白い物をくわえているではありませんか。そして、お坊さんの掌に それを置いて飛んでいってしまいました。  お坊さんが開いて見てみると、中からは小さな小さなケシの粒の様な物が 2、30個程 出てきました。それがいったい何なのか、誰に尋ねても わからずじまいでした。 ただ お坊さんは去年の事を思い出して、  「ツバメでも人の言うことは 通じるのだな。感心、感心。これがご本尊様への南の国のお土産だろう」と、大喜びで庭の隅へ蒔いておいたそうです。水をやったり、肥やしをやったりしたにもかかわらず、10日たっても、20日たっても芽が出てきません。不思議に思って、ほじくり出してみたところが、うじゃうじゃと動いているものがありました。それは何と見たこと もない不思議な模様のついた蛇の子でした。  一度は喜んで感心したお坊さんも これには大層 腹をたててしまい、  「それでなくとも、寺の境内や周りには、マムシがいっぱいいて、どうにもこうにも困っておるというのに ふざけたツバメだ。またおかしな蛇がふえてしまうではないか」 と、ながい間 ぷんぷんしておったそうです。  さて、それから2、3年たったある日のこと、この寺に旅のお坊さんがやって来ました。ちょうどその時も、この寺のお坊さんは、ぶつぶつ文句を言いながらツバメの糞掃除をしておりました。  その様子を見た旅のお坊さんは、  「どうしたのですか」と、尋ねました。  すると、掃除の手を止めて、この前の蛇の子の事を話したそうです。 すると、旅のお坊さんは、しばらく考えていたそうですが、  「ご住職さん、このあたりはマムシは たくさんおりますかな」 と、尋ねたところ、  「ああ、それは大変なものでした。3、4年前までは毎年 夏になると、村人たちが何人かマムシに噛まれて大騒ぎしたものです」 「だがここ1、2年は、一人も噛まれませんな。どうしてでしょうかな」と言って、首をかしげました。  旅のお坊さんは ひとりで  「ふうむ。ふむ」  と、うなずいておりましたが、  「ああ、それでわかりもうした。その蛇の子は、マムシのような毒蛇を食う南の国の蛇に違いありません。村人が困っているので、その蛇の卵を運んで来たに違いありませんぞ」  それを聞いた成就寺のお坊さんは、  「これは、ご本尊様に申しあげねば あいすまぬ。何とも有り難いことじゃ」 ってわけで、本堂で長い間、お経をあげたといいます。  それからというもの、成就寺の周りにはマムシはいなくなった言われています。        お・し・ま・い

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所在地 千葉県木更津市富士見1−9−17
アクセス ■電車利用 JR内房線 木更津駅 みなと口(西口)徒歩3分

■高速バス アクアライン高速バス 木更津駅 みなと口(西口)徒歩3分 

■路線バス 木更津駅路線バス 3番目バス停 南町 徒歩1分(※駅から歩いた方が早いです)



◎自家用車(カーナビ設定)の場合

 車が出入りできる道は、本堂正面 西側からの道路だけととなります。

 住所カーナビの案内は、本堂裏の車が入れないルートを表示すること多いようです。

 住所検索の後、西側(海側)に約50メートル ずらして決定をしてからお進みください。