興栄山 朗生寺
ろうしょうじ

このお寺の始まりは、元享2年(1322)1月21日日朗さま3回忌の時、日像さま、日輪さま始めお弟子たちにより、功績をたたえ、この地を後の世に伝えるため、顕彰の石碑が建られたことを始まりとします。 暦応年間(1340年頃)に日輪上人、お弟子の大覚大僧正(当時の京都で雨乞いをして見事に雨を降らしたことで有名です)によりお堂が建てられました。しかし、火災によりお堂を消失しました。天文年間(1550年頃)池上12世日惺(にっせい)上人により再建され、興栄山朗生寺と名付けられました。慶長12年(1607)法難に遭い再度お堂が消失しました。 享保8年(1723)、当時この地のを治めていた地頭、瀬名源五郎一明氏は、石碑が埋没しているという不思議な夢を見て発掘し、その夢の場所とおり石碑を発見しました。この不思議な体験により、当時池上本門寺祖師堂再建の為、上総・下総地方に勧財布教をしている日リ上人(にちぎしょうにん、後の池上25世)に相談、日蓮宗に帰依し、新たに誕生地顕彰の石碑を建立(この碑は現存しています)旧石碑をその下に納め、お寺を整備しました。しかし他宗の法難により三たびお堂が消滅しました。  明治に日実上人が全国布教行脚の中当地にて不思議な体験をし、当地に残り布教を行い、地元信徒とはかり、寺院再建の建白書(お願い)を池上本門寺に提出し、建立再興を許されました。明治38年池上68世日亀上人は、ご両親追善供養の石碑(この碑は現存しています)を建立しました。大正元年本堂再建され現在に至ります。 日朗さまは、「実に仏になる道は師に仕うるに過ぎず」の教えを身を以て実践し私達に其の模範を示されました。この給仕第一の法華経体験の精神をもととし寺内整備を進め寺観を整え平成7年に日朗さま誕生750年を迎えました。 現在は毎月21日信行会を開催 特に2月は平和祈願祭として荒行成満僧を招き水行、ご祈祷を頂いてます 当山は字のごとく朗に生きる寺として皆様と共に明るく元気に仲良く生きていきましょうをめざし 檀信徒と共に行事を行っています また各種相談事、法事、法要、祈願を随時お受けいたします。 お近くにお越しの節はお参り下さい。

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所在地 千葉県匝瑳市野手1614−2
アクセス JR東日本総武本線八日市場駅よりタクシーにて約10分
圏央道松尾メ芝IC〜銚子有料道路メ芝光IC出口より国道126号経由約15キロ約20分