長久山 本妙寺
ほんみょうじ

開基檀越寿光院昌栄日慈は、岡山の池田輝政の息女で、俗称を茶々といい、母は徳川家康の室である。2代将軍徳川秀忠の養女となり、京極高広に嫁し、深く法華経に帰依する。寛永2(1625)年4月、宮津城落城と共に当山を創立し、後、秀忠の霊を当山に弔う。開山に舞鶴妙法寺開山仏乗院日賢を請じ、その弟子湛応院日遙に住持させ、黒印30石を寄せた。本堂の再建及び諸堂の修理は嘉永(1848〜)年聞に19世日要が成し、昭和6年3月の火災により山門以外の堂宇等が悉く焼失。24世日燦は、客殿兼仮本堂・庫裡・妙見堂等を復興する。昭和47年5月、26世が鉄筋コソグリート造り本堂を新築し、境内・墓地の整備を完了した。22世王子院日竜は京部本圀寺50世へ。

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所在地 京都府宮津市金屋谷885