本長山 最然寺
さいねんじ

もと在念寺と称し、羅生門と鳥羽離宮の中間にあった。法然が浄土門を唱えたころ、西念寺として再起したがのちに衰微する。その後、久遠成院日親が当地巡錫の折り、樋口家の信仰する鬼子母神像を勧請して、版木に彫り信者に授与していたという。元禄初期(1688〜)京都本隆寺6世日雄の教化により樋口家の長男が出家し当寺を創立。開山真性院日随である。昭和50年に本堂・庫裡の新築落成に際し、26世清瀬妙月は、法華宗真門流より本宗に改宗する。

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所在地 京都府京都市南区上鳥羽岩ノ本町6