海秀山 大法寺
だいほうじ

大法寺は慶長十一年(一六〇六)四月八日、盛照院日行聖人(せいしょういんにちぎょうしょうにん)が創立した。貞享(じょうきょう)三年(一六八六)に富山藩第二代藩主、前田正甫公(まえだまさとしこう)が当山第八世、一龍院日徳上人の教化を受けて篤く法華経を信じ、日蓮宗に帰依して大法寺を前田家の菩提寺と定め、赤栴檀釈迦牟尼仏立像と共に、寺地、大堂宇、二天門、山門、庫裡等を寄進した。また、大法寺を領内の日蓮宗各派総録所とし、領内各宗寺院の最上席と定め、前田家家紋である梅鉢の紋章を用いることを許可された。前田正甫公は富山県薬業の始祖と称えられており、毎年四月十八日に富山県薬業界の協賛により公の追善供養の大法要を二天会・正甫公法祭(にてんえ・しょうほうこうほうさい)として盛大に奉修している。平成十七年四月に、公の三百回忌法要を奉修した。 文久三年(一八六三)に富山城下に大火災が発生し、大法寺も諸堂宇、重宝の多くを焼失した。しかし慶応三年(一八六七)に第十三代藩主、利同公(としあつこう)が直ちに再建の命を発し、二十八世、優心院日祥上人が三ヶ月を要して大伽藍を再建した。富山藩の重要建築物であったこの大本堂を含む大伽藍も、昭和二十年八月二日未明の富山大空襲により全焼。三十三世梅心院日澄上人(草の寛正師)が再興を図り、昭和二十一年より昭和五十四年にかけて、本堂、庫裡、鐘楼堂、立正幼稚園を再建した。平成四年、前住職遷化により三十四世として草野寛行が就任。平成九年、新本堂建立、平成十三年、立正幼稚園創立七十周年を記念して新園舎竣工、平成十八年(二〇〇六)、大法寺開山四百年記念事業として正門東側に日蓮聖人銅像を建立した。

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所在地 富山県富山市梅沢町2−10−5
アクセス 広貫堂前駅より徒歩3分