南永山 玉泉寺
ぎょくせんじ

 当山の起源は約千年前、後冷泉天皇の時代です。時の武将源頼義が、天皇より安倍頼時征討の勅命を受けました。戦のため奥州に向かう途中、頼義は自分の子、厚陽玉和泉を戦勝祈願のため出家得度させ、当所に留め置き寺を建立しました。そして子の名を大泉坊と改称し祈願を行いました。以来、その寺は源家の祈願所として栄えました。  その後、正成坊が寺をおさめていたころ、日蓮聖人の教えに強く感化され、応永元年(西暦1394年)日蓮宗に改宗しました。そして寺の元祖であった「厚陽玉和泉」の名を取り、寺号を「南永山玉泉寺」と改め、正成坊の名も「日玉」と称すことにしました。この日玉上人が当山の中興の祖であり、ここに当山が開山したのです。  このようなゆかりがあったため、当山は歴代の領主から手厚く保護されました。当地を上杉家が治めていたころは、多くの寺領の寄進を受け、七堂伽藍を擁し十の下寺をもつ大寺院となりました。また、上杉家の先君上杉謙信公の守り神であった妙見菩薩立像の寄進を受け、上杉家の祈願所としても栄えました。しかし、慶長年間に上杉家が米沢にお国替えとなってしまったため、天和二年の検地が行われた際、上杉家より寄進されていた寺領が減ぜられ、十の下寺が荒廃してしまいます。さらに、天明(西暦1780年頃)のころ、大火が起き、本堂、庫裏をはじめ、諸堂が全て焼失してしまいました。  その後、寺を現在の地に移し再興します。当山の数々の宝物や書籍類は、大火でことごとく焼失してしまいましたが、、不思議にも妙見菩薩立像だけは難を逃れ、現存しています。

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所在地 新潟県刈羽郡刈羽村入和田乙81
アクセス JR越後線 西山駅下車 徒歩8分

JR上越新幹線 長岡駅から越後交通西山経由柏崎駅行バスに乗り換え、西山バス停下車 徒歩約10分

JR上越新幹線 長岡駅からタクシー約35分