光栄山 蓮照寺
れんしょうじ

天正12年(1584年)の開山創立。寺伝によれば、もともと岩倉にあり、 永禄元年(1558年)に織田信長の攻略により岩倉城が落城し敗軍側の山内盛豊(一豊の父)も戦死し城下は焼野原となった。 当時岩倉城下にあった蓮照寺・国照寺・妙栄寺(三ケ寺とも天台宗 賢林寺[現 小牧市藤島町]の末寺寺院であった)や町家の中には山内盛豊の従弟の浅井高政を頼って苅安賀城下に移り住んだ(これを岩倉越という)。 苅安賀城主より東端の地を与えられ、日蓮宗の苅安賀三ケ寺として同時期に開山。 天台宗から日蓮宗となった経緯は、この苅安賀三ケ寺の地にかつて山内一豊の菩提寺である要法寺(長禄2年(1458年)創建の日蓮宗寺院)があったことと少なからず関係するものと考えられている。要法寺は山内一豊の転封の折、天正13年(1585年)に尾張国 苅安賀より近江国長浜(現 滋賀県)、天正18年(1590年)に遠江国掛川(静岡県)に移り、慶長5年(1600年)に土佐(高知)に移転している。  当山蓮照寺を苅安賀に移転再興し開山と仰ぐ正乘院日惠上人は京都本山妙顕寺第九世日芳の弟子である。  平成26年7月をもって解体した旧本堂は第十二世 本譲院日現上人代の宝暦6年(1756年)に建立(当時の棟札が現存)。 鐘楼堂は第三十三世 唯精院日進上人代の昭和6年に建立。戦時中の金属供出令により梵鐘を国に供出させられたが、 戦後篤信の檀信徒の尽力により新たに梵鐘を鋳造し、第三十四世 宝龍院日温上人(現住職の祖父)代の昭和27年に今の形に戻り、 立教開宗七百年を記念し大法要を鐘楼にて厳修。 平成22年12月 永代供養墓・納骨堂建立。 平成28年10月 宗祖日蓮聖人御降誕八百年を記念し新本堂・客殿完成 落慶法要厳修。

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所在地 愛知県一宮市大和町苅安賀字角出3298
アクセス JR尾張一宮駅及び名鉄一宮駅より車で5分

名鉄「観音寺」駅より徒歩8分