天龍山 明善寺
めいぜんじ

寺歴 当山は明治時代に、天竜川の治山治水(河川工事と上流地域に植林)の大業を完うした郷土の偉人金原明善翁の遺徳顕彰のために建てられたお寺です。金原家の菩提寺妙恩寺第50世本照院日康(北原観朗)上人は、明善精神(社会奉仕)を伝承するため明善寺建立を志し、翁の高弟を発起人として実現へと向かいました。金原財団より苗圃地1町2反歩を境内地として永代無料貸与を約束、浄財の勧募も伸展しましたが、戦前の宗教団体法は新寺の建立を許さず、やむなく昭和9年日康上人が建立した妙恩教会を廃して明善寺とし、昭和20年6月19日県知事の認可がおり暫定的な天龍山明善寺の設立となりました。昭和20年4月30日、浜松駅周辺へのB29の大爆撃は多くの犠牲者を出し、当山墓地に仮埋葬され、現在もなお、永代経霊廟には引き取り手のない戦災犠牲者の無縁仏60余柱が祭られています。 鬼子母神堂 昭和11年秋、近隣各町内有志の浄財をもって鬼子母神堂が建立され、この冬日康上人の弟子三師が正中山大荒行堂に入行、一百日の修行をもって感得された御尊像は、身丈6尺で、数千人の女人より奉納された生き髪が植えられているので、生髪鬼子母神と称し、毎月18日(4月大祭、11月地b御弊更)にお開帳され参詣者と共に唱題読誦の修行がなされている。 浄行堂 浄行菩薩は水の徳を具え、身体の汚れを洗い浄める行を行う菩薩です。多くの参詣者が浄行菩薩をタワシで洗い、お題目を唱えて、自分の汚れを洗い流しています。 

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所在地 静岡県浜松市中区寺島町482
アクセス 浜松駅から徒歩約15分



東名浜松ICから約30分