妙富山 法蔵寺
ほうぞうじ

富士山を背にした富士市のお寺。 葛飾北斎が富嶽三十六景『駿州片倉茶園ノ不二』を描いた地とされ、 近年注目されています。。 【寺の縁起】 元真言宗の法蔵院と称した。 長禄二年(一四五八)五月、近くの寺で問答があり時の住持が法論に敗れ日蓮宗に改宗されたと伝わっている。 よって寺号も法蔵院を法蔵寺と改めた。 開山上人は、この時の法蔵院日宜上人。 山号の妙富山は「富岳を妙法に従わせん」との願いから名づけられたとされる。 身延日朝上人の頃より身延山の末寺となる。長享元年(一四八七)の火災により堂宇を焼失したが翌年再建。 その後も三度にわたって火災に遭うもその都度再建され、 天保十三年(一八四二)に建立した御堂は平成十四年の本堂新築(開創五五〇年記念事業)に至るまで法蔵寺の景観を保った。  境内の東側山上には、守護神堂があり、鬼子母神、七面大明神、三十番神等が祀られている。 寺宝には「日蓮聖人雨乞曼荼羅御本尊」が格護されている。 平成二十五年に永代供養搭を建立。 現在の住職は第四十五世、白木智馨 長い寺の歴史は、歴代のお上人と法蔵寺檀信徒の強盛なる信仰の継承によるものである。 【寺宝「雨乞(あまごい)曼荼羅(まんだら)御本尊(ごほんぞん)」】  日蓮聖人は文永十一年二月、佐渡ケ島流罪を御赦免になりまして鎌倉に戻られた。同年六月大信者の甲斐の国波木井実長の招きによって身延に向うこととなる。その道中駿河は神戸にさしかかった時、干ばつに苦しむ農民を救わんと一遍のお題目をお書きになって、これに向い雨乞いの読経祈願をしたところ十日目に大雨が降り村は救われた。以来、このお曼荼羅は法蔵寺に納められ毎年七月には、お曼荼羅と共に住職が迎えられ供養をしている。 【鐘楼(しゅろう)】 平成十四年日蓮宗「立教開宗七五〇年」と「法蔵寺開創五五〇年」報恩記念事業としてお堂を再建した。大晦日から元日にかけて多くの参詣者が除夜の鐘を突きに来る。 【内陣(ないじん)御宝前(ごほうぜん)】  平成十四年の本堂新築の際に、日蓮聖人の「臨滅(臨終)」のお曼荼羅の特製板本尊を安置したもの。 【惣持門(そうじもん)】  天保五年(一八三四)に建立されたもの。扁額の文字は、身延山第三十六世六牙院日潮上人が揮毫(きごう)したもの。

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所在地 静岡県富士市中野635
アクセス 新東名「新富士IC」より車で5分
東名「富士IC」より車で8分


東海新幹線「新富士駅」より車で20分