御堂山 妙性寺
みょうしょうじ

【旧本寺名】京都本圀寺【旧寺格】平 【本尊勧請様式】一塔両尊四士 拍手印【祖像】説法像 【寺宝】釈尊涅槃画像、宗祖法難画像。本圀寺25世日詮、35世日陵、身延33世日亭本尊 【沿革】開山の御堂坊日躰は、京都本圀寺12世勧行院日了の弟子にして、学徳兼備の俊才であった。教学と言説に深く志を寄せて研鑚これ勉め、諸国遊学の途次、当村の矢崎家先祖宅に1泊。しかるに当村には寺なきが故に仏事の執行に甚だ不都合なるを以て、里人相議りて一寺を創建し、日了を開山として迎えた。敷地は矢崎家の喜捨によるものである。時に永正12(1515)年正月8日。10年後に本圀寺へ山寺号を要請したところ、現山寺号を賜い末寺となった。4世玄達院日勇は近在の人々を救わんとして鬼子母神を奉迎し、日夜修法祈念を凝らしたので、村民歓喜して祈祷道場たる鬼子母神堂を造立したのが慶長13(1608)年9月8日であった。爾来、この日を以て毎年例祭を行なう。住職は脱師法縁。

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所在地 山梨県南巨摩郡富士川町最勝寺1626−1