宝蔵院 定林坊
じょうりんぼう

【旧本寺名】身延久遠寺 【旧寺格】平、中、末寺6 【本尊勧請様式】一塔両尊 【祖像】説法像 【仏像】宗祖尊像、釈迦多宝尊像、開基日寂像、霊鷲院日審像、二天王像 【寺宝】過去帳、歴代位牌、坊跡録、霊鷲院日審曼荼羅・一遍首題、日乾・日遠・日亭三師本尊、開山日寂、日脱曼荼羅 【沿革】永禄2(1559)年に身延へ入山した本院15世宝蔵院日寂は、中興3師の一人といわれる13世日伝の弟子で、日寂在世中に身延攻めの伝説があることは有名である。当坊が宝蔵院と称するのは日寂の院号に由来する。慶応元年12月14日、28世錬珠院日行の代に類焼し、西谷の本行坊下にあった通感坊に移転したが、通感坊の名はこのとき失われた。明治8年の火災で再び炎上したので、旧地に再建されることになった。開創年代は『大観』が天正元(1573)年4月と誌すのは、日寂の歿する4年前をとったものであろう。隠栖の地として御草庵に最も近い所を選んだものといわれている。10世久成院日実は久遠寺19世へ、26世智静院日如は円実寺22世へ、30世潮濤院日慮は甲府信立寺42世へ。34世鏡雲院日成は円実寺34世から。旧地への移転は、明治18年であった。今の本堂は35世によって再建された。寺は通師法縁、住職は潮師法縁。壺日審勧請による安産守護のお腹帯と妙符を頒布している。

このお寺で参る(マイル)ポイントをもらう

所在地 山梨県南巨摩郡身延町身延3571